2017年、あけましておめでとうございます。

 

b(写真は年明け直後の渋谷スクランブル交差点の様子)

 

 

さて、一年のあいだには正月やバレンタイン、誕生日やクリスマスといったさまざまな記念的な日がありますが、ぼくはそういった日のことを、どうもそんなに祝福すべき重要な日だとは思っていません。

なぜかって、よくよく考えてみると、その日を心から祝福できるほどの根拠や習慣が、自分のライフスタイルの中にはあまり無いから。そもそも1年という時間感覚も人為的に作られたものだし、よく考えてみると、誕生日というのは人が誕生したその日の陽が沈むまでだけが誕生日なのであって、その後しばらくして定期的にやってくるのはニセモノの誕生日じゃないか。クリスマスやバレンタインは言わずもがな、正月というのも、何だかめでたいようには思えないのです。

 

けれど、
盆と正月、
真夏と真冬に親族で集まって顔を合わせるとか、知人たちに暑中見舞いや年賀状を送るという仕組みは、なるほどよくできている重要な行事だなあ、と思います。

 

人間、
半年もあれば全くの別人のようになりうると、ぼくは思っています。

半年もあれば人間関係も変わるし、健康状態も変わりうる。
半年もあれば考え方も変わるし、人格だって大きく変わるかもしれない。

 

良い方向にも悪い方向にも、
半年あれば別人のように変わってしまうことができるのが人間です。

 

 

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ぼくはこのセカイの時間観を、
先にも述べたように、1月から始まって12月で終わってまた1月になる、まあるく輪廻しつづけるようなカレンダー形状だとは考えていないですが、
盆と正月、という時間感覚は絶妙で、
そのくらいの時の経過があれば、人がガラッと変わるには充分すぎると思います。

だからこそ盆と正月に親族の顔を見て、どんな風に変わったか、この半年に何があったか、いちいち細かく問いただすのは野暮だけれど、表情や言葉を見て推し量るのは重要な行事だと思う。

盆と正月の時間感覚で、知人たちに手紙をしたためるという行事も、半年という時間感覚が人を変えてしまうのには充分すぎる間隔だということをふまえれば、何ともよくできた仕組みだと思う。たとえば年賀状に「お変わりありませんか」なんて書いたりしますが、変わっていないわけがなくて、これは「どんなところが変わりましたか」という質問の、失礼ではない聞き方なのだと思うのです。

 

人は変化を嫌う傾向があり、
他人の性格や考え方にまで一貫性や恒常性を求めようとするものですが、
「ちょっとの期間で人は変わる」ということを理解し、他人の変化に寛容であることが、ぼくはとっても重要なことだと思っています。

 

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いつまでも変わり続けるみなさまへ、
これからもみなさまが良い変化に恵まれますように。

 

 

 

2017.1.1
石井七歩

 

 

 

“変わり続けるみなさまへ” への3件のコメント

  1. なかなか面白い意見ですね。

    確かに、ニセモノの記念日を祝うはなんか違和感を感じるし、半年あればお変わりありませんことないですよね。

    でも、記念日は特別な日だからこそ何かしらの理由を付けて何度もお祝いしたいというのもわかる気がします。
    あと、僕は地元に帰る度に旧友から必ず「お前は変わらないなぁ」って言われます。
    周りが変わって、僕だけ取り残されたのでしょうかね。。。

    最後になりましたが、明けましておめでとうございます。

  2. あけましておめでとうございます。
    ブログを読ませていただき、
    「他人の変化に寛容であることがとっても重要なことだ」
    と僕も思いました。
    ありがとうございました。

  3. すばらしいと思います。
    独自の考え方がちゃんと簡潔に書かれている。独自の考えを理解させるのはムズカシイガ頑張りましょう😍💓💓😍💓💓
    1日で変わることがありますか。あなたを見つけたことは、すごい。1日です。

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