バルセロナ市街の精神的な明度は、東京をはるかに上回る。

 

立ち並ぶ建築はどれもクリームがかった着色が施され、
屋根や屋上はオレンジ色に統一されている。
おそらくこの景観を保持するための条約があるのだろう。
碁盤のように平等に増殖する、明るく楽しげでうつくしい街だ。
東京とは都市の性格が全く異なる。

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とはいえ私は東京の景観が好きだ。
東京のビル群は、東京都景観色彩ガイドラインに準じて配色されている。

たとえば、
外壁の4/5を占める基本色や、外壁の1/20を占めるアクセント色など、
どこをとってもすべて指定された色の中から選ばなくてはならないし、その色は周囲の景観と溶け込む明度・彩度であること絶対として定められている。

このような条例は落ち着きのある景観を目指して制定されたものだが、
東京の景観には、落ち着きを超えて鬱蒼と暗く濁った雰囲気がうごめいている。

もっともぼくは、
東京のそんな「うつ状態に陥って脱出できなくなっている感じ」が愛おしいのだが。

 

 

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バルセロナにはモデルニスモ期の建築と近代的なアパルトマンが立ち並び、
楽しげなパステルカラーの街並みの中で、人々は時をすすめている。

 

 

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「美しい形は構造的に安定している。
 構造は自然から学ばなければならない」

 

 

スペイン最大の建築家・ガウディは、自然の中に最高の形があると信じていたという。

地球上に現存する自然のカタチというのはつまり、
約40億年も前に生命が誕生して以来、何十億年にもおよぶテストを重ね、
連綿とつらなる生存戦争を勝ち抜くことができたカタチであるということだ。

40億年の実験結果を引用したデザインは、
独特に見えるにもかかわらず、どこか見慣れたカタチをしている。

 

 

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カサ・ミラ(Casa Milà)。
バルセロナのグラシア通りにある建築物である。

ガウディが54歳の時に設計。1906年から1910年にかけて実業家のペレ・ミラとその妻ルゼー・セギモンの邸宅として建設され、1984年にはユネスコの世界遺産に登録されている。

 

カサ・ミラという建築は、
縦線こそまっすぐな直線だが、ありとあらゆる横線という横線がうねるような曲線になっている。

あたかも砂丘か溶岩の波のような雰囲気をもっており、外観の波打つ曲線は地中海をイメージして作られた。一つ一つ異なるバルコニーは、鉄という素材でありながら、海藻のように柔らかな造形を生み出している。
内側は天井も壁もどこもかしこも波打ち、まるで海底にいるような奥深さに包まれる。
屋上には独特の加工をされた煙突や階段室が立ち並び、まるで夢の中の情景のようだ。

しかしながら皮肉にも建設当時のバルセロナ市民はカサ・ミラを醜悪な建物と考え、
「石切場(ラ・ペドレラ)」というニックネームをつけたという。

 

 

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カサ・ミラの、吹き抜け部分の不規則に組まれた窓。
ぼくの大好きな塩田の航空写真に似ている。
GoogleEarthで塩湖のありそうな砂漠をさまよいながら、人工的な塩田を探すのが好きなんだ。

 

 

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これは羅布泊鎮

中国は新疆ウイグル自治区、
バインゴリン・モンゴル自治州のチャルクリク県にある世界最大の塩田。
GoogleEarthをいじって遊んでいるといつも目について行き着く場所。

偶然の相似だけどね。綺麗だよね。

 

 

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屋上の煙突は、
貝殻にも似た有機的な形状にデザインされている。

 

ところで、
カサ・ミラの家賃は建設当時、見た目の評判の悪さから、なかなか借り手が見つからなかったらしい。
風評の力は強い。個人はいつも力を持つ何かの意見に賛同する。
きっと本心では「カサミラめっちゃええやん」と思っていた人々も多かったことだろう。

当時と同じく、現在でも家賃は約15万円。
広さは約300㎡で全8室あり、現在でも4世帯が居住しているそうだ。

 

 

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これは有名なガウディの逆さ吊り模型「フニクラ・モデル(Funikura model)」

ガウディは逆さ吊りの縮尺模型によって、建築の構造とかたちを決める方法を探求した。
天井から吊るした細いひもに、建物にかかる力に見立てた砂袋を無数につけ、砂袋の位置や重さを調整しながら自然に生成するかたちを探す。

この手法には自然の力、重力が常に存在している。
つまりデザインするプロセスから既に自然が取り込まれているのだ。

 

 

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カサ・ミラの屋根裏はこのフニクラ・モデルで設計されている。
カテナリー曲線の空間の中は、おおきなヘビの骨格に包まれるような雰囲気がある。

 

 

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ガウディが開発したドアノブ。
人間の手で握りやすいカタチになっている。

 

 

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カサ・ミラの内部には、ガウディが崇拝した自然物たちが展示してあった。

 

 

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この手前の筒、
カイロウドウケツ(偕老同穴)っていう、ぼくがずっと欲しいと思ってる海綿ですね…。

 

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蜂は最初からハニカム構造の強度をわかっていて蜂の巣を6角形の集合体にしたわけじゃなくて、偶然にも6角形の集合体をつくるという遺伝子を持った蜂が、偶然にも最適化に成功したということで、結果的にここまで生き残ることが可能になった。

植物も、フラクタル状に成長すると栄養や光の吸収効率が良いことを知っていてそのカタチを選択したのではなく、偶然にもフラクタル構造をつくる遺伝子を持った植物が、結果的に現存することができているのだ。

 

そういう意味では、
地球上のすべての生命体より長く存在してやっと「人間のほうが優れている」と断言できるのであって、
今の段階では、そこらに生えているタンポポもハトもエビも人類も、生物としてのヒエラルキーはまったくもって同等といわざるをえない。
人類が他の生物よりも優れていると考えるのは勘違いも甚だしいのだ。

 

 

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ガウディは、
40億年におよぶ生存実験に耐えた自然たちを等しく尊敬し、
自然が発見した「最適なカタチ」を引用した。
敬虔なカトリック教徒だったガウディ自身は自然のカタチを神の産物だと思っていたかもしれないが、自然という書物を読み解き、人為的に再構築したものとして、ガウディ建築ほど包まれて心地の良いものはないと思う。

 

ガウディ建築が持つ曲線のやわらかな要素には、
あたかも夢の中に居るかのような、明暗はっきりしない非現実感がある。

 

 

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余談だが、
ぼくがむかし赤坂の料亭で働いていたときの話。

その料亭はえらい政治家先生が会食するための完全個室を装備した料亭だったんだけど、
そこにひとつ、「幽霊の部屋」として有名な個室があって、
従業員にはとても怖がられ忌避されていた。

なんでもその部屋には幽霊がいて、
部屋にはいった瞬間から違和感を覚えて落ち着かないという。
着物の女の幽霊の目撃談も多くて、たしかに気配がするっていうので、
従業員はぶるぶるふるえて幽霊の部屋をおそれていた。

 

で、勤務初日にさんざん幽霊の呪いに関する話を聞かされたあと、
ぼくは真っ先にその部屋を任されたんだけども、
すぐにその「幽霊」のカラクリがわかってしまった。

 

結論から言うと、
「幽霊の部屋」だけ入り口が左右逆についていて、
建物の構造上、他の部屋よりも柱が2本多い。
個室数をふやすためにむりやりつくられた部屋だったのかもしれない。
柱が2本多いということはつまり、他の部屋よりも「カド」が8個多い。
むやみにカドが多いので、他の部屋よりもたしかに攻撃的な印象を受ける。

人間は尖ったものに恐怖する。
こんなに不自然に角ばった部屋じゃ違和感を覚えるのも当然だなあと思った。

 

結局、ぼくは、こんなつまんない分析は打ち明けなかった。
こういうときは集団の意向に従っておくのが無難なので、
私も女の幽霊を見ました、実は霊能者の家系なので今度対話してみます、って女将さんに報告した。
幽霊がいると信じ込み、集団催眠に陥っている人たちを眺めるのは興味深かったが、しばらくすると何だかむしょうに悲しくなった。

 

 

 

何が言いたいかというと、
海の中のような曲線に満ちたカサ・ミラは、
無秩序に分断された角ばった部屋などとは違って、
攻撃的なもののない、やわらかで優しい空間だったということ。

カサ・ミラには「幽霊」なんて絶対に出没しないんじゃないかなあ。

 

 

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壁も、天井も、
すべてが窓辺に揺れるカーテンのようになめらかだった。

ぼくもいつか
波にたゆたうカサ・ミラのように
ゆるやかな曲線につつまれた部屋で暮らしたい。

 

 

 

 

石井七歩 / Naho Ishii

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“夢の中のラ・ペドレラ” への1件のコメント

  1. 石井七歩さんの大ファンです。君の創る世界、デザイン、コメントのすべてに拍手を送ります。

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