ある日ぼくは、
あまりにもぴったりなものを探そうとしていたことに気が付いた。

まいにち散歩しているこの町と、そのとなり町とそのとなり町で、いまだにぼくがだれにも出会えないでいるのは、きっとぴったりなものを探していたからなのだった。

 

これはすごい発見だ!

 

ある日、ぼくの友達の彫刻家のおじさんがつくったのは、とてもおおきな風呂椅子だった。彫刻家のおじさんはおおきな風呂椅子を街灯に立てかけてみせた。

そこからいろいろとぐだぐたした議論…、彫刻の概念だの、日常物の見立てだの異化だの、そういうへんなはなしをすることも可能だったとおもうけれど、ぼくにとってもあたらしく友達になった7才の女の子にとっても、そしてきっとその彫刻家のおじさんにとっても、そんなどうでもいいはなしはどうでもよかった。

 

女の子に「あの椅子はだれの?」ときくと、
彼女は「巨人のあかちゃんの!」と言った。

 

ぼくは巨人もあかちゃんも知っているが、
巨人とあかちゃんの組みあわせは知らなかった!

たしかにその椅子は象のものにしては大きく、恐竜のものにしては小さく、だからこそぴったりな持ち主を探していたぼくには、その椅子が一体だれのものなのか見当がつかなかったのだ。

 

女の子は、巨人という大きすぎるひとと、赤ちゃんという小さすぎるひとの見事にちょうどいい組みあわせで、まさにぴったりな持ち主をぼくにおしえてくれた。

 

おどろいた、彼女は魔法使いだ!

 

組みあわせてちょうどいいイメージをつくることができないぼくは、
椅子にとってぴったりな持ち主をさがしもとめて、そしてけっきょくだれにも出会えずにいたのだ。

 

7才の女の子と彫刻家のおじさんのおかげでぼくはこれから、いままで目に見えなかっただれかに出会えるようなきがしてきた。ぼくも彼女のようにじょうずにできるかわからないけど…、彼女のまねっこをはじめてみようとおもう。

 

ここに聡明な彼女・めいちゃんと、
そして親切な彫刻家のおじさんへの感謝の意を記すこととしよう。

ありがとう。

 

 

P.S ぼくが「あの椅子はだれの?」なんて考えはじめたのは、きっと風呂椅子とフロイトが似ているからだ。

 

《傾いた風呂椅子》| 2018 | 久村卓 | Taku Hisamura

 

コメントを残す