いつも夜に朝をむかえる。

太陽より先に帰宅して遮光カーテンを閉めて、そして正午までにはベッドに入る。
カーテンもシーツも毛布も抱き枕も全部チョコレート色だけど、どちらかというとカブトムシの幼虫を育てる時の腐葉土みたい。暗くて深くて心地のいい腐葉土の中で、地球が半周するまで息をひそめてる。

人の気配が消えはじめた頃に外に出て、街から街へと好きなように走りまわる。

夜中に人と人とがすれ違う時は、みんな猫みたいに互いを警戒してるのがわかる。
ばかみたいな高級車が加速して、その不機嫌な音が壁づたいに路地の奥深くまで届く。
その奥深くで変なかたちの空を見上げる。
ずっと月明かりの街に憧れてた。大人になれて本当によかったよね。

最後に太陽の下に出たのはお正月、親戚に挨拶するためだった。
それからは月明かりの生活をしていたけれど、今度のアートフェスのプレスリリースイベントがなんと昼の12時集合ということで、惜しくも昼空の下に出ることになった。

それが1ヶ月ぶりの太陽の光。

あまりにも明るすぎる世界、それから空に色がついてるのがおかしくて笑えてきた。

空ってこんなに激しい色なんだ。こんなに色のついた空に照らされたら、世界中の色が青に殺されちゃうんじゃないかって心配になる。
地上の何もかもがサイケデリックな高彩度を主張して、空の青色と張り合ってる。触ったら毒に侵されそうな危険な色の街路樹。街も人も、そこらじゅうが狂ったような色の洪水で眩暈がする。

こんなにもサイケデリックな極彩色があふれる時空間の中で平然と暮らしてるなんて、
昼間に元気な人ってやっぱり頭がおかしいなと思った。

なのに、

その日を境に朝起きて夜眠るようになったら、2日目には空も地上もすっごく普通になっていた。
葉っぱの緑が目に優しく感じるほどだった。緑って、昨日は世界でいちばん危険な感じのする色だったのにね。
朝の10時にパン屋さんの窓際の席に座った。青空を見ながらパンを食べれるくらいになっていた。

まーたこれだよ。
大人はすぐに感じることをサボってしまう。昨日と同じだと決めつけて、同じ毎日を繰り返してると思い込む。

毎日通る道も、毎日寄るカフェも、1日として同じだったことはないのにね。
そこにいる人も、散らばってるゴミも、気温も音も、何もかもすべてがものすごく違うのにね。本当は何も退屈なことなんてないのにね。

1ヶ月ぶりに太陽の光を浴びた日、
プレスリリースのイベントが終わったあと、アーティストの久村卓さんというお兄さんが知人の個展に行くと言うので、私も勝手についてった。

真っ白なギャラリーの壁に、画鋲が3つ、ぽつんと刺さっている。そういう展覧会だった。

青い画鋲。

生まれてはじめて画鋲を見た瞬間のことは思い出せないけど、きっとこんな感じだったんだろうなと思った。

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