生物というのはそもそも、
過去を忘却するようにつくられている。

生まれてから今までのありとあらゆる出来事をすべて詳細に記憶していたら、
精神的にどうにかなってしまうことは想像に容易いだろう。

忘却というのは、
生物にとって必須の機能だ。

 

TIR-1/JNK-1シグナル経路という、
哺乳動物から線虫まで共通して存在している神経細胞内のシグナル経路。
その神経細胞に「記憶を忘れさせる作用」があることを明らかにした論文がある。
線虫C.elegansにおいて記憶の忘却はTIR-1/JNK-1経路を介した神経間シグナル分泌により促進される

 

 

先日、ぼくは5年目の被災地へ赴いた。
今回はそのことについて書こうと思う。

 

ぼくはトーキョーの都心で暮らしている。
そして今は接客業をしているので、性別も年齢も立場も様々なニンゲンと話をする機会が多い。
5年も経てば当然、ほとんどの被災していない人々にとって震災の臨場感なんてものは薄れていることがよくわかる。

かくいうぼく自身もそうだ。
被害をこうむった当事者以外にとって、感傷的な痛みを覚えつづけられる期間は限られている。
それは生物としての正常な現象だ。

だからこれから語る内容は、
悲惨な災害に対する忘却を責めるような趣旨ではない。

今回、ぼくが被災地へ赴いたことで「えらいね」「いいこだね」と言ってくださる方も多かったのだが、
そうじゃない。ただ行っただけだし。褒められるようなことは何もしていない。

ただ、ぼくはひとりの人間として、
人類が、自らの生きる土地をどのように回復させてゆくのか、
人類の生存本能を観測したくて、それで、そういうつもりで行ってきた。

 

 

Day-1 (2016/3/10)

 

3月10日。

ぼくの乗る車が被災地に近づきはじめると、
津波の痕跡を知らせる標識が、ぽつぽつと点在するようになる。
3年ほど前に来たときには、このような標識は無かった気もする。

 

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標識を見ると途端、
あざやかな想像が隆起しはじめる。

こんなところまで、
あの黒い海水の塊が浸食したのか。

黒い塊が、景色を呑みながら蠢いて…

…といっても、
ぼくは所詮、Youtubeの中の平面的な津波しか知らないが。

 

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陸前高田についた。

ぼくが初めてここへ来たのは2011年。
それまではここの名前も、その存在すらも知らなかった。

 

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人の気配がうすくて心地いい。

 

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きれいだ。

この光景をきれいだと賞賛するのは不謹慎だろうか?

色素の薄い、
きれいな景色だ。

過剰な配色の看板や人工物が視界に無いからだろうか?
癪に障る異物の無い、うつくしい景色だ。

 

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ずいぶんと視界が開けていた。

瓦礫の山々、
剥き出しになった木材や建物の残骸、浸水した生活の遺物や、得体のわからない破片。

以前あったものがすべて消失し、
まるでたった今つくられた新しい土地であるかのような風情をしていた。

 

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震災を象徴するモニュメントと化している、奇跡の一本松へ向かうことにする。

 

防砂林だった7万本の松が津波にのまれ破壊される中、
たった1本だけ命を拾い生き残った孤独な松は、
まるで被災者の境遇にも似たセンチメンタルな風情だが…、

ぼくはミラーニューロンがバカになってるから、そういう情緒的な感情には共感できないけれど、
象徴的なモニュメントを残すことには、多大なる意味と必要性があると強く思う。

 

繰り返すようだが、

生物というのはそもそも、
過去を忘却するようにつくられている。

その忘却に抗い、
記憶の歴史を積み重ねてきたのがヒトという知的生命体だ。

 

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奇跡の一本松へ向かう道中、
新しく「陸前高田浄化センター」が建っていた。2014年4月に建てられた下水処理場らしい。

震災前と同じ2立方メートルの浄化能力を取り戻したそうだ。
先進国民らしい生活を取り戻すために必要な施設が再建されていることに、復興の息吹を感じる。

 

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大小さまざまな石と、
その発見場所を示す紙が並べられていた。

 

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こんな巨大な石碑が割れるのか。

 

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ところどころに見受けられる黒い袋。
瓦礫が入っているのだろうか?わからない。

 

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奇跡の一本松へ到着。

 

 

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先ほども述べたとおり、
このモニュメントは必要だ。

多くのヒトが感情移入しやすいストーリーを持っているし、
それに何より佇まいがドラマティックでうつくしい。

見た目のうつくしさは、それが持つ意味内容なんかよりも先んじてヒトに伝わる。

 

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3月10日は、
乳白色の曇り空だった。

牛乳に重油を垂らしたような色。
ぼくは灰色の柔軟さと不協和がとても好き。

 

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薄いオレンジ色の枯れ草と
灰色の小石の山の光景がつづく。

 

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小石を盛って地上げしたところに、
人工的に草が植えられていた。

何か実験的なものなのだろうか?

まるでラブラドールレトリバーのような、
黄金に耀く毛並みがフォトジェニックだ。

 

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4階まで津波で流され、
かろうじて5階のみが残ったアパート。

 

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この夜、ぼくはほんのすこしだけ考えた。

 

被災した土地の光景を
うつくしいと思ってしまうのは罪だろうか?

ぼくは良心の呵責に苛まれながらも、
それでもこの景色をうつくしいと思わずにはいられなかった。

 

このセカイを観測するぼくらの主観的な瞳は、
うつくしい、みにくい、フツウである、などと美醜を認識して判断する。

その判断は、
いままでの人生経験上で見てきたあらゆるものと比較して下されるのだ。
美醜の感覚は個体が持つ経験のスペクトラム(連続体)によって定義づけられる。

何をうつくしいと判断するか、醜いと判断するかは、
その人物のもつスペクトラムの幅や内容に寄るし、
そのスペクトラムの内容はその人物の経験や体験によって定められている。

だから、

「それ」をうつくしいと判定してしまうのは、そういう人生を歩んできたからなのだ。
正当も不当も何もなく、過去の人生のことはどうしようもない。

ファッションや外見でだいたいの人物像がわかることや、
好みの小説や音楽や異性で何となく精神性がわかるのと同じことだ。

 

被災地の光景をうつくしいと思ってしまう人間がいるとしたら、
その人はもう、そうなのだから仕方がない。

 

 

 

Day-2 (2016/3/11)

 

気温は2℃。
とても寒いけれど、
この日はブルーハワイのかき氷のように爽快な空。

 

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これは釜石市の風景。

何もない土色の視界に、
黄色や橙色の重機が、文庫本に貼った蛍光付箋のように目立つ。

どこも同じような光景だ。

 

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対向車線にすれ違うのは7割が工事車両。
砂埃が舞い、視界の彩度が鈍くなる。

 

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ここは大船渡。
なんてうつくしい青空なのか。

 

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そしてここは
岩手県大船渡市、三陸町の越喜来という町。

町と言っても、町らしきものは何も残っていなかった。

 

ぼくが最後に東北へ来た時、
この海岸沿いに越喜来小学校があった。

朝日新聞:市議の「遺言」、非常通路が児童救う 津波被害の小学校

地元の方が案内してくださって、
瓦礫で埋もれた体育館、時間の止まった校舎を見学させていただいた。

ところどころ鍵盤の外れたピアノが放置され、
濡れた教科書がしわしわになって散乱していた。
もちろん黒板の日付は三月十一日になっていた。

あの絶望的な校舎も綺麗に消失し、
すべてがまっさらになっている。

恐ろしく強制的なリセットだ。

 

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陸前高田へ向かう。

 

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気仙中学校。

3・11当時、
気仙中学校の全校生徒と教職員は避難して、全員無事だったらしい。
津波は校舎最上階まで達したらしく、その印が掲げられていた。

 

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この高さまで津波が襲来しうるということを、
どうか100年後の人々が広く認知していますように。

 

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この寺院には、
2011年に陸前高田を訪れた際に来た。

軽トラックでぼくを案内してくれた地元の少年が、
お気に入りの場所だと言って案内してくれた気がする。
その少年はすごく優しい子だった。
ぼくが石段をのぼるのをとても気遣ってくれた。

ぼくは記憶力が悪いが、それでも妙に憶えていてやまない情景だ。

 

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ここの寺院のものではない仏像も置いてあった。
津波で身寄りのなくなった像も多いのだろう。

 

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ここからの景色で、
ぼくはやっと臨場感を以って「何もない」を実感した。

広かった。
ずっとずっと遠くまで、地の果てまでも際限なく見渡せるような感じがした。

 

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気仙沼へ向かう。

 

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この建物は意図的に残してあるのではなく、
5年経過してなお手付かずなのではなかろうか?

陸前高田に比べ、
気仙沼の港付近にはこのような建物が多いように思えた。

 

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ここに来た時、
ちょうど時刻は14時44分を指していた。

14時46分になると放送が響き渡り、
警報のサイレン音と共に1分間の黙祷が行われた。

サイレンは恐ろしいほど煩く鳴り響いていたが、
波がたぷたぷ揺れる音と、風が地面にぶつかる音と、のどかなカモメの鳴き声と、
そのすべての音の存在が、刺すようにするどく、辺りの静寂を引き立たせていた。

 

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そう、ずっとつづくのはこの風景だ。

オレンジ色の藁、
灰色の山、
蛍光の重機。

 

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そしてやはり、
あまりにもうつくしい景色だ……。

 

 

 

ここまで読んでくれてありがとう。

以前訪れたときはね、
ぼく、まだ自分のカメラを持ってなくて、記録できなかったんだ。
また2年後に訪問して、観測しようと思います。

 

 

 

最後に。

この地を愛する、
被災されたみなさまへ。
今後益々の復興をお祈り申し上げます。

そして亡くなられたみなさまへ、
心よりのご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

 

 

2016/03/15

石井七歩 / Naho Ishii

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