きっと若さなんてものは実感できず、
実感できるのは老いてゆく感覚だけなのだろう。

 

喫茶店で、還暦を迎えているであろう男性が3人、顔を寄せ合って言葉を交わしている。眩しい白襟を尖らせた男性は大企業の役員らしく、自身の経験談を懐かしんだり、若者への苦言を呈している。しかし結局のところ最後にはこう締めくくられるのだ。「俺たちも歳をとったものだな」と…。

最近仲良くなったぼくのお茶飲み友達は80代で、その齢にしてはとても元気な女性だが、それでも肉体的な不調を多分に抱えているようで、ぼくは彼女の背中の中心に湿布を貼ってあげる代わりにパインアメやドーナツを貰ったりしている。

彼女の昔の話を聞くのが好きだ。国民学校時代の話、集団就職で上京した時の話、それがどんな雰囲気だったのか、どんなふうに感じていたのか。そのお礼にぼくは最近の便利グッズについての話をする。Google earthを見せたりとか、インターネットやSNSというものを説明する。彼女と話をしていると、70年前のことを思い出すのも1年前のことを思い出すのも、そう大差ない行為なのではないかと思う。自身にとって印象的であれば何十年経っても覚えているし、意味がなければ昨日の出来事ですら瞬時に忘れるものなのだ。

 

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1991年生まれのぼくは今年、26歳になった。

まだまだ健康上の重篤な問題もなく、明け方まで遊ぶこともできる。思うように身体を動かせるし、肌に目立つ皺もない。生まれつきの童顔もあってか、歳を感じたことは一度も無い。ドラマのように素晴らしい毎日を過ごしているわけではないけれど、絶望的な生き地獄の中にいるわけでもない。

いつまでもこのままの感覚で生きていけるような気がしている。
どうやらそうでないらしいことは理解しているが、自分の身体が老いてゆくことへの実感がまったく無い。

 

このままの身体で、永遠に生きてゆくことをリアルに想像できる。
ぼくの細胞が永遠に今の形を保ち続けて、永遠に、永久に…。

 

 

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永久にこのままの身体で永遠に生きてゆけるような気がする…なんて、かなり馬鹿な発言だ。
若さに対する執着からくる現実逃避が、思考することを放棄したがっている。これは思考の放棄と、そして不老への憧れなのかもしれない。

 

世界最古の「不老不死」の物語は、
紀元前2000年頃メソポタミアに伝わるギルガメシュ叙事詩だそうだ。

あらすじを要約する。
ギルガメシュは実在したとされる古代メソポタミアの伝説的な王。彼に親友ができたが、ある日その親友は殺されてしまう。悲しみに暮れたギルガメシュは不老不死に関心を持つようになり、苦難の旅を経て不老不死の方法を知る仙人に会いにゆく。しかし不老不死化することに失敗し、渡された若返りの薬草をも失くしてしまう。

そんな時、絶望の淵に居たギルガメシュの前にかつての親友の幻影が現れ、こう告げる。「お前の作った都市はこのように繁栄し、民はお前のことを覚えて手本として生きるだろう。お前は人々の心に永遠に生きるんだ。」

その言葉を聞いたギルガメシュは安心し、ゆっくりと穏やかに息をひきとる……。

 

 

生への執着、死への恐怖。
数千年も前から人類は同じことで苦悩し、その苦悩を乗り越えて悟った者が、悩める後輩のためにこのような物語を手向けるのだろう。

 

 

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人生80年などと言われているが、
一般に、人間の寿命の限界は120歳程度であるらしい。
これは脳の重さや酸化現象の蓄積、それらと寿命の相関から割り出された数字だ。世界一長く生きた人間の記録は、フランス人女性のジャンヌ・カルマン氏(1875~1997)の122歳。確かに科学的に割り出された寿命の限界と整合する数字だ。

ではその限界数値「120」を超えることは可能なのだろうか?

 

 

この作品のタイトルである「telomere(テロメア)」は、DNAの端についている尻尾のような部分で、細胞分裂の上限回数を決める機能をもっている。

 

テロメアは細胞分裂をするたび徐々に短くなってゆく。そのうち完全にテロメアが消耗したとき、細胞の分裂は止まる。細胞が分裂できなくなれば、すなわち、生物は死を迎えることになる。希望的解釈をすると、つまりテロメアの消耗を抑えれば不死が可能になるかもしれないということだ。

テロメアを操作して生物の寿命を延ばす実験は既に成功しているらしい。
テロメアとともに「スーパーp53」という遺伝子を活性化したマウスは、通常のマウスよりも13~24%も長生きするという研究結果が発表されているという。

テロメアが活性化すると、細胞の寿命が延びる代償にガン化しやすくなるのが問題だったが、テロメアの活性と同時にこの「スーパーp53」も活性化させれば、細胞がガンにならないよう監視してくれる役割があるのだという。

 

 

正直、科学的知識も医学的知識も絶望的に持ち合わせていないぼくにとって、テロメアとスーパーp53の活性化で不老不死がすぐそこまで見えている…なんて、どこまで信じていいのかわからないような話だ。巷ではテロメアーゼを活性化させる成分を配合した化粧品などが超高額で取引されていて、いかにもな胡散臭さを感じつつ、しかしながら縋りたいと思うような魅力を感じてしまうのも事実だ。

この、若さへの執着、老いへの恐怖に対し、それをどう受け容れてゆくかの物語がギルガメシュ叙事詩に代表されるような「不老不死」ストーリーの醍醐味だろう。

 

日本最古の物語である竹取物語にも、最後には不死の薬が登場する。

帝は愛するかぐや姫から不死の薬を受け取るが、しかしながらかぐや姫が月に帰った世界で生きつづけても意味はないと、駿河国にある日本で最も高い山に捨てにいく。富士山(不死山)の名前の由来である。

 

ぼくは今、老いを憂慮し、生と若さに執着しつづけている。老いへの恐怖といったら異常なレベルに達している。だからこそぼくも不老不死への願望を超えるための物語を描きたいと思った。人間がその人生のどこかで超えるべき重要なテーマだから。

 

 

 

IDEAL WORLD – TELOMERE
Naho Ishii / 2016
515mm x 728mm
紙にインク ink on paper

 

 

“IDEAL WORLD – TELOMERE” への2件のコメント

  1. 不老不死で思い出すのは、
    ルパン三世の作品「ルパン三世VS複製人間

    悪役のマモーは、永遠の命を見つける事ができず、クローンの技術で命つないでいました。
    ただ、重ねるコピーは、像がぼやけオリジナルとは、異なってくると言うものでした。
    *うまく説明できていませんが
    石井さんがいま作成する作品は、いまの思いが反映されたものであり、
    その時代の思いを永遠につないで行くものと思います。
    思いを繋げる、新しい作品が、見られ事を楽しみにしています。
    最後になりますが、
    誕生日おめでとうございます。

  2. 日本の精神風土には演歌的な打ち拉がれたようなものや地べたを這うように日常性の細部に拘泥する私小説的なものがリアリティと思われている節があって、ネガティヴなものに価値を見出す傾向があります。
    でもそれは敗戦後の崩壊ショックとある種の洗脳の名残であって克服さるべき要素だとこの頃特に思います。
    本当はもっと宇宙的スケールの超越的感覚が伝統的な文化に現れていますよね。巫女舞もそうだし古代神話、民話や説話には天女がよく出てくる。石井さん見てると天使的というか天女的というか空中から地上を見ているような爽快さを感じますね。
    天の羽衣の端切れのようなドローイングだと直感的に思いました。DNAと古代遺跡で編まれた羽衣?

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